第2章 未来社会の選択
再び、エネルギーの調達手段と環境の未来を選択する
先の第1章を前提に、米中対立によって太平洋を隔てたデカップリングが当面続くと見た場合、各々の国内を走る自動車のパワーユニットで何が適していてベストな〝選択〟であるかは、仕向地の産業振興の組立や、政治上の都合に左右されることになる。
つまり化石燃料が未だに豊富に採れるような国では、内燃機関の規制が許す範囲内で永らえることができるし、北欧のように自然由来の電力を国内ニーズの不足なく供給できるのであれば、EVの普及が環境問題を一気に解消する近道になる。
例えば米国は、現段階に於いても西海岸カリフォルニアの一部地域を除くと、大型の内燃エンジンを搭載した大型ピックアップが重宝される期間が当面続くだろう。
一方中国に於いては、内燃エンジン車を早々に淘汰させて、自動車のピュアEV化を達成することが、世界の自動車産業界で自国がトップに立つために、欠かせない政治的な戦略となる。(坂上 賢治)
未来を独走するのは果たしてEVなのだろうか
そんな中国では、当初4月21〜30日の期間で催される予定だった第16回北京モーターショー(オートチャイナ2020)が、新型コロナウイルスの影響で9月26日〜10月5日開催となり、日産自動車は先の7月15日に横浜のニッサン パビリオンで発表した日産初のクロスオーバーEV〝アリア〟を中国当地で初披露した。
また本田技研工業も傘下の現地法人、本田技研工業(中国)投資有限公司が、中国に於いて量産計画中のEVコンセプトを世界初公開した。
しかし一方で日産は、日本国内で内燃エンジンを発電専用動力に転用すること(いわゆる同社でいうEパワー)を視野に、自社の可変圧縮比(VCR)技術を取り入れた最高熱効率50%のエンジン開発も進めている。
なお先の通り、中国で最新鋭EVコンセプトを公開した本田技研工業も、自社のパワーユニット戦略で「マルチパスウェイ(複数の道筋)」と呼ぶ考え方を、予てより提唱し続けている。
この考え方は、動力源に係る戦略をEVやFCVなどの単一ユニットに絞り込むのではなく、仕向国別に対象地域に適した動力源の搭載車を提供する方針を指している。
実は本田技研工業の構想に於いて、来る2030年を超えても環境性能と保有コストの両面で依然HEV(ハイブリッド車)とEV(ピュア電動車)が拮抗するという試算を割り出しているという。勿論、それには理由がある。
環境性能で拮抗する可能性もあるEVとHEV
なお自動車産業界トップのトヨタ自動車も、様々なパワーユニット研究を行っており、そのなかには、二酸化炭素(CO2)と水素(H2)の合成液体燃料(e-fuel)の研究開発も含まれている。トヨタでは以前より、執行役員の寺師茂樹氏がHEVの可能性について言及していたが、同エンジンに合成燃料を使う事で環境性能は飛躍的に向上する。
ちなみにパリ協定によると「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べ、摂氏2度より低く保つと共に、摂氏1・5度に抑える努力すること」を目標として掲げている。
これをHEVで達成するためには、2050年時点でCO2排出量をほぼゼロにする必要がある。しかし実のところ一般に低公害車の最有力候補と考えられているEVは実際に道路上を走っている状態のTank to Wheel(燃料タンクから車輪まで)時点では文句の無いゼロエミッション車であるものの、その場合、
走行する際の動力源である電力を、どこの発電所から調達したのかで事情が変わる。
従って車両自体の製造から廃棄までのWell to Wheel(原油採掘から車輪まで)の切り口で車両の成り立ちを考えると事情は大きく異なる。
次世代エネルギー開発で先行するドイツ勢
またそもそも少なくとも、今から10年後の2030年時点で、道路上を走る自動車のおそらく大半以上は既存の内燃エンジンを積んだクルマが走っていることになるだろう。つまり全ての地球上でCO2排出量をいかに減らすのかを考えた際、内燃エンジン車のCO2排出量を大きく削減達成できない限り、パリ協定の目標値は文字通り〝絵に描いた餅〟でしかない。つまり合成燃料の研究は、近未来の交通社会を考えた場合、欠くことのできない重要技術であることが判る。
ちなみに合成燃料の研究では、2018年2月に発行した弊誌2号の第2特集「エネルギーの未来」に掲載したが、ドイツ勢が合成燃料の研究をいち早く着手しており、独アウディは早くも2013年に水と二酸化炭素に電気を反応させて生成する合成燃料の開発に着手。2017年の段階で独ドレスデンに合成燃料の製造・研究施設を設立した。
大量に備蓄可能なエネルギーを開発せよ
アウディの合成燃料づくりは、電気分解とメタン精製の2ステップが鍵だ。その工程は、まず電力や太陽光からグリーン電力を作り出すことから始まる。
そして第1段階で取り出した電力と、バイオガス工場から供給されたCO2と水を用意する。そして電力で水を摂氏800度まで加熱して水素と酸素に電気分解する。
さらに続く第2段階で、その水素を摂氏220度の環境下で化学反応を誘発させ、CO2と結合させる。続く第3段階では、2・5メガパスカルの圧力を掛けて炭化水素化合物のブルークルードと呼ぶ長鎖炭化水素化合物の液体を作るという手順だ。
アウディは今後、年を追う毎に厳しくなる欧州環境規制に対して、合成燃料の関連特許を可能な限り押さえるなどライバルから先行した立場にある。従って実用化は目前なのだが未だ課題はある。
それは合成燃料の製造コストの問題だ。コストが高くなるのは、先の通り複雑な合成燃料を作り出す工程であるフィッシャー・トロプシュ法(Fischer Tropsch)という手順が必要であるためだ。
但し、作り出した合成燃料は、仕様さえ適合させられれば、既存の内燃エンジンにすぐさま対応する。従って、車両の低公害化への道筋としては浸透速度が圧倒的に速いという利点もある。また既存の航空機や船舶に於いても、基本的に燃料を取り替えるだけで一定水準の低環境負荷を達成できることになる。
第3章/行政の選択
求められている選択肢はオープンデータ、オープンマインド
次回 12月21日(月)更新