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2020年7月25日【トピックス】

ヤナセ、メルセデス・ベンツ新車累計販売100万台を達成

坂上 賢治

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メルセデス・ベンツと歩んだ68年。ヤナセが日本の輸入車市場を切り拓く

 

 ヤナセ(本社:東京都港区、代表取締役社長:𠮷田 多孝)は7月25日、メルセデス・ベンツの新車の累計販売実績が先の7月22日で100万台に到達したと発表した。ここに至った経緯は、1969年に1万台に到達したのを契機に10万台到達が1988年、30万台が1997年、50万台が2003年、80万台が2014年という実績を積み上げてきた。(坂上 賢治)

 

 

 そもそもヤナセは、1915年(大正4年)に同社創業者である梁瀬長太郎氏が、現在の東京・日比谷ミッドタウンの場所に「梁瀬商會」を設立。1919年(大正8年)に東京芝浦で自社工場開設。米国車やイタリア車の輸入業務を経て車体製造業も手掛け、関東大震災の最中に於いてはバス・タクシー事業も担い、第二次世界大戦以前からはメルセデス・ベンツの指定工場にも認定されていた。

 

そして戦後を迎えて間もない1952年(昭和27年)5月、ダイムラー・ベンツから当時のウエスタン自動車(1950年12月にヤナセが100%出資で設立した子会社)が日本国内でのメルセデス・ベンツの販売権を獲得。このウエスタン自動車が授権会社となり同ブランド車の販売を開始した。

 

1952(昭和27)年に初輸入されたメルセデス・ベンツ『170V』

 

 ちなみにその際、発注した第1号車は「170V」、「170S」、「220」、「300」各1 台という内容だったという。さらにその4年後の1954年(昭和29年)4 月、ヤナセグループに対してダイムラー・ベンツ社全製品の日本総代理権が承認され、1987年(昭和62年)10月1日からヤナセがAMG 社と合弁で設立したエーエムジー・ジャパンが日本でのAMG 製品(車両、部品)の輸入、販売、サービスを開始。

 

1956(昭和31)年、メルセデス・ベンツ『300 SL』の展示会風景

 

1986年(昭和61年)1月メルセデス・ベンツ日本が現地法人を設立、翌年1月にメルセデス・ベンツの輸入権を同社に返上。ヤナセはメルセデス・ベンツと部品のディストリビューションを引き継ぎ、新車整備や物流、部品の供給業務は両社の合弁会社に移管した。またAMG 社のダイムラー・クライスラー社(当時)の子会社化に伴い、 2001年(平成13年)1月AMG の輸入権を日本現地法人に。2006年(平成18年)10月からメルセデス・ベンツのディーラー専業体制に移行した。

 

1958(昭和33)年、建設中の東京タワーとメルセデス・ベンツ『W120』

 

 そうしたなかでもヤナセは同ブランド車の車両販売を手を緩めることなく、今日もメルセデス・ベンツの正規販売店として全国104 店舗で新車販売拠点を展開している。ヤナセでは「〝クルマはつくらない。クルマのある人生をつくっている〟をコーポレート・アイデンティティーに今後もメルセデス・ベンツをはじめ、輸入車を愛するお客さまの安心・安全で快適なカーライフの実現を目指 し、より充実したサービスの提供と体制構築に努めてまいります」と語っている。

 

1963(昭和38)年、吉田 茂 元首相に納車したメルセデス・ベンツ『300 SE long』

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坂上 賢治

NEXT MOBILITY&MOTOR CARS編集長。日刊自動車新聞を振り出しに自動車産業全域での取材活動を開始。同社の出版局へ移籍して以降は、コンシューマー向け媒体(発行45万部)を筆頭に、日本国内初の自動車環境ビジネス媒体・アフターマーケット事業の専門誌など多様な読者を対象とした創刊誌を手掛けた。独立後は、ビジネス戦略学やマーケティング分野で教鞭を執りつつ、自動車専門誌や一般誌の他、Web媒体などを介したジャーナリスト活動が30年半ば。2015年より自動車情報媒体のMOTOR CARS編集長、2017年より自動車ビジネス誌×WebメディアのNEXT MOBILITY 編集長。

松下次男

1975年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として国会担当を皮切りに自動車販売・部品産業など幅広く取材。その後、長野支局長、編集局総合デスク、自動車ビジネス誌MOBI21編集長、出版局長を経て2010年論説委員。2011年から特別編集委員。自動車産業を取り巻く経済展望、環境政策、自動運転等の次世代自動車技術を取材。2016年独立し自動車産業政策を中心に取材・執筆活動中。

間宮 潔

1975年日刊自動車新聞社入社。部品産業をはじめ、自動車販売など幅広く取材。また自動車リサイクル法成立時の電炉業界から解体現場までをルポ。その後、同社の広告営業、新聞販売、印刷部門を担当、2006年に中部支社長、2009年執行役員編集局長に就き、2013年から特別編集委員として輸送分野を担当。2018年春から独立、NEXT MOBILITY誌の編集顧問。

片山 雅美

日刊自動車新聞社で取材活動のスタートを切る。同紙記者を皮切りに社長室支社統括部長を経て、全石連発行の機関紙ぜんせきの取材記者としても活躍。自動車流通から交通インフラ、エネルギー分野に至る幅広い領域で実績を残す。2017年以降は、佃モビリティ総研を拠点に蓄積した取材人脈を糧に執筆活動を展開中。

中島みなみ

(中島南事務所/東京都文京区)1963年・愛知県生まれ。新聞、週刊誌、総合月刊誌記者(月刊文藝春秋)を経て独立。規制改革や行政システムを視点とした社会問題を取材テーマとするジャーナリスト。

山田清志

経済誌「財界」で自動車、エネルギー、化学、紙パルプ産業の専任記者を皮切りに報道分野に進出。2000年からは産業界・官界・財界での豊富な人脈を基に経済ジャーナリストとして国内外の経済誌で執筆。近年はビジネス誌、オピニオン誌、経済団体誌、Web媒体等、多様な産業を股に掛けて活動中。

佃 義夫

1970年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として自動車全分野を網羅して担当。2000年出版局長として「Mobi21」誌を創刊。取締役、常務、専務主筆・編集局長、代表取締役社長を歴任。2014年に独立し、佃モビリティ総研を開設。自動車関連著書に「トヨタの野望、日産の決断」(ダイヤモンド社)など。執筆活動に加え講演活動も。

熊澤啓三

株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

福田 俊之

1952年東京生まれ。産業専門紙記者、経済誌編集長を経て、99年に独立。自動車業界を中心に取材、執筆活動中。著書に「最強トヨタの自己改革」(角川書店)、共著に「トヨタ式仕事の教科書」(プレジデント社)、「スズキパワー現場のものづくり」(講談社ピーシー)など。