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2021年8月30日【MaaS】

トヨタのイーパレット、組織委員会の決定により運行再開へ

坂上 賢治

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 トヨタ自動車(以下、トヨタ)は8月30日(月曜日)の19時頃、自社サイトを通して自動運転車両「イーパレット(e-Palette)」に関して文書のみの企業リリースを発表した。(坂上 賢治)

 

 その内容は、先の東京2020パラリンピック選手村で、接触事故誘発による歩行者の転倒(による脳震とうの可能性)が切っ掛けとなって運行を一時停止していた〝東京2020仕様のイーパレット〟について、新たな幾つかの安全対策を講じる事(以下後述)。

 

またこれを受けて(東京オリンピック・パラリンピック競技大会の)組織委員会が、翌8月31日15時から、同イーパレットよる選手村の巡回運行再開を決定した事などを公表したもの。

 

 

三位一体の事故防止対策を打ち出す

 

 この発表資料でトヨタは、「2021年8月26日(木曜日)に、東京2020パラリンピック選手村に於いて発生した村内巡回モビリティ(イーパレット)と、視覚障がいのある歩行者の接触事案を受けて、当該モビリティの運行を停止しておりました。

 

この度、巡回モビリティにより安心・安全を確保するための対策を講じ、主催である組織委員会が運行再開を決定しましたのでお知らせ致します。

 

現在、選手村内での安心・安全な交通流は、歩行者、車両、誘導員を含むインフラの3要素で構成されております。

 

これを踏まえ今事案について下記観点からの事故発生状況を分析し、安全対策を作成致しました」と記している。

 

その具体的概要は以下の通り。

 

 

接触事故発生状況に係るトヨタの分析

 

<歩行者について>
 歩行者は、単独で歩行していた視覚障がい者で、交差点を渡ろうとした際、交差点を通過中のイーパレットと接触した。

 

<巡回車両について>
 対してイーパレットは交差点進入時に右折する際、交差点内の人を自動感知して停止。その後、オペレーターが車両周囲の安全を確認した上で再発進させた。

 

その操作・作動の流れは、
(1)オペレーターが交差点周辺の状況を確認し、手動で減速を開始。
(2)併せて道路を横断してきた当該歩行者をイーパレットのセンサーが検知し、自動ブレーキが作動。
(3)同じくオペレーターも緊急ブレーキを作動させた。
(4)しかしイーパレットが完全に停止する前に車両と歩行者が接触したとしている。

 

<誘導員を含むインフラについて>
 誘導員についてトヨタでは、この接触事故発生時、交差点内に誘導員が2名存在していた。しかし信号が無く、特にパラリンピックのような多様な歩行者が散見される状況では、例え2名の誘導員が居たとしても、複数の方向からの歩行者や車両の動向を確認できる環境ではない。

 

また誘導員とオペレーターの間での連携の仕組み自体も充分ではなかった。その結果として、交差点内に進入してきた歩行者が車両と接触したと結論付けている。

 

 以上のトヨタ側の検証により自社としては、信号のない交差点での安全確保に関して「歩行者」、「オペレーター」、「誘導員」のいずれか個人単独のみで、安全が確保出来るものではなく、三位一体で、やり方、仕組みの改善に取り組む必要があると判断した。

 

よって同社では、今後、以下対策を実施する。また同対策をベースに日々レベルアップを図っていくと綴っている。

 

 

上記を受けてのトヨタの対策内容

 

<歩行者>
 組織委員会が、選手団長会議等に於いて選手村内の歩行環境、移動時のルール等を改めて周知する。

 

<車両>
 パラリンピック特有の多様な人々への安全に応えていくため、車両警告音の音量アップ(目が見えない事や、耳が聞こえない事への対応をより充実させる)や、マニュアル運転に対応した車両改良(加減速や停止動作を手動に切り替える事を視野に入れる)と、オペレーターの教育(オペレーターの視線・視界から発生する死角の存在を認め、それを是正・克服するための方策を盛り込む)を行う。

 

そのための具体的な教育内容は「自動運転→マニュアルでの加減速・停止」、「接近通報音の音量アップ」、「搭乗員の増員」の3つとなる。

 

<誘導員を含むインフラ>
 併せて誘導員の増員・強化も行う。特にオリンピックと同様としていた巡回車の運営については、パラリンピックの特徴である多様な歩行者に合わせた以下3要素に係るインフラ整備を敷く。

 

それは「信号の換わりとなり車両・歩行者を安全に誘導できる体制の構築」、「交差点の誘導員の増員(6人→20人強)」、「誘導員を車両担当と歩行者担当に分離し専業化」の3つ。

 

 上記の対策を講じ、現場で対応にあたる人員への教育、及びテスト走行を実施した上で、2021年8月31日(火)15時に運行再開する事を組織委員会が決定した。

 

 なおトヨタとしては運行が再開された後も、パラリンピック閉村までは日々改善を積み重ね、アスリートを始めとする選手村内関係者の方々のさらなる安心、安全確保に向けて組織委員会に協力していくと述べている。

 

 

経営陣も現場と一丸となって取り組んでいく

 

 またこの企業リリースに併せ、自社オウンドメディアの「トヨタイムズ放送部」で、同社の豊田章男社長名で接触事故の経緯を陳謝。

 

リリースの趣旨に沿った内容を改めて述べた上で「私たちトヨタのミッションは、全ての人に移動の自由をお届けする事であり、今回の学びを以て、その目的を果たすために最も大切にしなければいけないものは現場です。

 

しかしそこでは日々様々な事が起こります。それゆえ現場で働いてくれるメンバー達が良いと思った事を即断即決、即実行できるよう日々改善を積み重ねて行くべく、私も一丸となって取り組んで参ります」とした趣旨を表明した。

 

 ちなみに自動運転技術の実用化についてトヨタは、予てより慎重に慎重さを重ねた末、このオリパラを機に満を持してイーパレットの公開実証に踏み出した。そうした意味で、この段階で車両の安全面に係る課題が浮上。有ろう事か一部の機能を〝手動操作〟に切り替えざる得ない状況になった事は、大きくない失点とは言え世界を牽引するトップ企業としては痛手だ。

 

 

自動運転車のあるべき未来像を示す事が出来るのか

 

 なおトヨタでは、この〝手動運転措置〟について、今期のオリパラ選手村でイーパレットが果たすべき役割(関係者が移動に困らない)を終える迄の緊急措置だとしており、安全な自動運転車のあり方については、それ以降に於いて今後、検証していく構えだ。

 

その目的は、今回のような都市部での市街地利用のみならず、過疎地利用も包括した無人自動運転バスによる全国交通網の実現にある。トヨタは、その志を今以て捨てている訳ではない。従って今後の課題は、もともとトヨタが標榜してきた「交通事故・死亡事故ゼロ」を、自動運転技術を用いて本当に実現出来るかにある。

 

その前提で仮の暫定措置として、人間のサポートを介入させる事で事故削減が達成されるのであれば現段階に於いて、その方法論は「正しい」筈だ。但し、そのままでは未来の人口減少時代に向けて、完全自動運転車による無事故記録を伸ばし続けて行く事は出来ない。

 

 翻ってみれば、既に自動運転車というハードウエアに関しては、仏の「NAVYA ARMA(ナビヤ・アルマ)」などを筆頭にトヨタに先駆け、数多の海外ベンチャーが世界各地で実証走行を積み重ねており、そうした面でトヨタは既に遅れを取っている部分さえある。果たしてトヨタは、今後、この厳しい現実を乗り越えていけるのか。

 

と言うのは今回のように一度事故が起こってしまえば、国内のみならず世界の自動車産業を牽引するトヨタが行うプロジェクトであるゆえに厳しい批判を受け、車両開発計画が停滞するだけに留まらず、むしろ逆に元の出発点に引き戻されてしまう可能性が高いからだ。それゆえトヨタとしては、〝人的リソースの介入〟と〝完全自動運転実現〟の多様な組み合わせを諦めず、その可能性を慎重に探っていく事になる。

 

 仮に今後、事故の発生を抑え続けて行けるのなら、自動運転による公開実証で人の数を段階的に減らしていける。その道程は率直に言って厳しいと言わざる得ないが、トヨタゆえに、それを乗り越えて、現代社会に対して自動運転車のあるべき未来像を見せて欲しい。

 

また自動車産業に関わる我々は、その過程を冷静に見据えつつ「自動運転車が世の中を走る未来」について、多様な角度から想いを馳せる時期に来ている。

 

 最後にAutono-MaaS専用EV「e-Palette(東京2020オリンピック・パラリンピック仕様)」の主な車両概要は以下の通り。

 

( Ⅰ )トヨタの車両制御プラットフォームに専用開発の自動運転システム(自動運転制御ハードウェアおよびソフトウェア、カメラやLiDARなどのセンサー)を搭載し、高精度3Dマップと運行管理による低速自動運転を実現(SAEインターナショナルでのレベル4相当)。

 

(Ⅱ)周囲360°の障害物を常に検知し、周囲の状況に応じて最適な速度で運行。また、システム異常時には、車両に同乗するオペレーターが安全に車両を停止できる緊急停止ブレーキを装備した。

 

(Ⅲ)自動運転時に歩行者とコミュニケーションができるよう、アイコンタクトのように車両の状況を周りに知らせるフロント及びリアのランプを採用している。

 

・全長/全幅/全高/ホイールベース:5,255/2,065/2,760/4,000 mm
・乗員:20名(オペレーター1名含む)
・車いすの場合:4名+立ち乗り7名
・航続距離:150km程度
・最高速:19km/h

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坂上 賢治

NEXT MOBILITY&MOTOR CARS編集長。日刊自動車新聞を振り出しに自動車産業全域での取材活動を開始。同社の出版局へ移籍して以降は、コンシューマー向け媒体(発行45万部)を筆頭に、日本国内初の自動車環境ビジネス媒体・アフターマーケット事業の専門誌など多様な読者を対象とした創刊誌を手掛けた。独立後は、ビジネス戦略学やマーケティング分野で教鞭を執りつつ、自動車専門誌や一般誌の他、Web媒体などを介したジャーナリスト活動が30年半ば。2015年より自動車情報媒体のMOTOR CARS編集長、2017年より自動車ビジネス誌×WebメディアのNEXT MOBILITY 編集長。

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1975年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として国会担当を皮切りに自動車販売・部品産業など幅広く取材。その後、長野支局長、編集局総合デスク、自動車ビジネス誌MOBI21編集長、出版局長を経て2010年論説委員。2011年から特別編集委員。自動車産業を取り巻く経済展望、環境政策、自動運転等の次世代自動車技術を取材。2016年独立し自動車産業政策を中心に取材・執筆活動中。

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1975年日刊自動車新聞社入社。部品産業をはじめ、自動車販売など幅広く取材。また自動車リサイクル法成立時の電炉業界から解体現場までをルポ。その後、同社の広告営業、新聞販売、印刷部門を担当、2006年に中部支社長、2009年執行役員編集局長に就き、2013年から特別編集委員として輸送分野を担当。2018年春から独立、NEXT MOBILITY誌の編集顧問。

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1970年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として自動車全分野を網羅して担当。2000年出版局長として「Mobi21」誌を創刊。取締役、常務、専務主筆・編集局長、代表取締役社長を歴任。2014年に独立し、佃モビリティ総研を開設。自動車関連著書に「トヨタの野望、日産の決断」(ダイヤモンド社)など。執筆活動に加え講演活動も。

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株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

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1952年東京生まれ。産業専門紙記者、経済誌編集長を経て、99年に独立。自動車業界を中心に取材、執筆活動中。著書に「最強トヨタの自己改革」(角川書店)、共著に「トヨタ式仕事の教科書」(プレジデント社)、「スズキパワー現場のものづくり」(講談社ピーシー)など。