第4章 企業の選択
モビリティ新時代を切り拓くトヨタの選択
東京・日本橋。江戸時代から東海道五十三次の起点である日本橋室町のタワービルにオフィスを置くのがトヨタの未来を担うIT・AI企業のTRI-ADだ。 「シリコンバレーのイノベーションと日本のクラフトマンシップの出会い」を謳う同TRI-ADを再編したのはトヨタ自動車の総帥である豊田章男社長。
「ウーブン」の名の下、章男氏が最も心血を注ぎ、次なるモビリティ社会の実現を目指している同社は、トヨタの選択と覚悟を示す企業でもある。
コロナ禍で世界生産・販売の大幅減退により、世界の自動車メーカーの多くが赤字転落の危機に追い込まれるなかで、早々に「黒字確保公表」を明示したトヨタだが、一方で伝統的な危機感と対応姿勢も明確に示している。日本では「トヨタ1強」と言われても世界を見渡すと、自動車大転換時代でのGAFAなど対抗勢力は巨大なものがある。トヨタがこのコロナ禍の時代に、何を選択して真のモビリティ企業に変貌していこうとしているのか。(主筆 佃 義夫)
〝ウーブン〟はトヨタ刷新のキーワード
トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント。この長い社名は「TRI-AD」と略称で呼ばれる。2018年に自動運転技術をAI・ITで協業するトヨタやデンソー、アイシンも出資して設立された同社は、2019年に東京・日本橋にオフィスを構えた。
筆者は昨年の12月にお披露目会で同社オフィスを見学したが、その中身はトヨタ系オフィスとはかけ離れた自由闊達なベンチャー企業そのもの。社員は電動キックボードでオフィス内を移動し、オフィス区画だけでなく「DOJO(道場)」と名付けられた研修スペースや健康食事を提供するダイニングスペース、リフレッシュスペースなどが配置された異色なものだ。
TRI-ADの組織再編し、来年1月から「ウーブン」事業を具現化へ
そのTRI-ADが7月28日に組織再編を発表した。それは同社を「Weven Planet Holdings」(ウーブン・プラネット・ホールディングス)というホールディング会社と「Weven CORE」(ウーブン・コア)、「Weven Alpha」(ウーブン・アルファ)の事業会社に再編するものだった。
トヨタの名を外して2021年1月から新体制でパートナー会社との協業を加速させ、静岡県裾野市で計画する新技術の実験都市「ウーブン・シティ」事業を具現化させる。
具体的には自動運転技術開発を担う「ウーブン・コア」とウーブン・シティの具体化を目指す「ウーブン・アルファ」の2社が事業展開する体制となる。
これにより「ウーブン・プラネット・ホールディングス」は、ソフトウエア開発を主体としたまま、効率的なクルマづくりや高精度地図の作製などトヨタが目指す次世代のモビリティ社会の実現のため事業拡大を図ることになる。いずれの新会社もトヨタ取締役でTRI-AD社長のジェームス・カフナー氏が社長に就く。
豊田章男社長が〝ウーブン〟に賭ける想いと覚悟はトヨタを変える
TRI-ADの組織再編を発表した7月28日、同社では従業員向け説明会が開かれた。そこには、豊田章男トヨタ自動車社長も出席し、自らの言葉でこの会社に対する思いを伝えた。親会社の社長ではあるが、TRI-ADの役職を持っていない豊田社長がなぜ、そこに出席したのか、何を語ったのかは「トヨタイムズ」にも掲載されている。
豊田章男トヨタ社長のスピーチには、〝豊田創業家が紡いできた想い〟と〝未来に継承していくための覚悟〟の決意が語られたのだ。地球全体のためになるモビリティ社会を切り開いていくのがTRI-ADの役割りであり、「私も新しい会社に豊田章男個人として大きな投資をすることを決めた」とその覚悟の程をアピールした。
トヨタ自動車社長就任から12年目となった豊田章男社長は「自動車メーカーからモビリティ企業へのモデルチェンジ」を宣言しており、紡ぐを意味する「ウーブン」の3社は、巨大なトヨタ及びトヨタグループを巻き込みながらトヨタ自身のモデルチェンジを推進する存在となる。
TRI-ADには、創業メンバーとして豊田章男氏長男の豊田大輔SVP
ちなみにTRI-ADには、創業メンバーの一人でナンバースリーのバイス・プレジデント(SVP)に就いているのが、豊田大輔だ。言わずもがな豊田章男氏の長男である。豊田創業家5代目の嫡男であり、前任のトヨタ自動車では電子制御技術部でソフトウエア主導型開発を推進していた。
トヨタが大きくモデルチェンジをするための選択とその推進力となる「ウーブン」の中枢にいる豊田大輔氏の存在は注視すべきで、その意味で着々と帝王学を学んでいる。いずれトヨタ自動車を率いる豊田宗家からの豊田喜一郎氏、豊田章一郎氏、豊田章男氏に次ぐ4代目社長となる日が来るだろう。
コロナ禍でもトヨタは黒字を確保することを早期に公表
日本の自動車産業を代表するトヨタグループ内でコロナ禍が拡大する中、2020年3月期の前期連結決算発表会見は注目された。オンライン会見での豊田章男トヨタ自動車社長は、コロナ危機対応へ大変厳しい状況だが乗り越える自信を示すと共にこれからのトヨタの方向への選択を示唆した。
自動車各社や他産業の主要企業の多くが今期業績予想を「未定」とし、「コロナ禍の影響が読めないため」としていた異例の事態であったが、これは実際には「あまりにも厳しい内容のため公表できなかった」のだ。
その中でトヨタは、今期(4月〜21年3月)の連結業績見通しを本業の儲けを示す営業利益で前期比8割減となる5000億円と公表した。
トヨタの前期の営業利益は2兆4428億円であり、ざっと2兆円の営業利益がコロナ影響で吹き飛ぶことになるが、あえて「トヨタはコロナの影響が大きくても黒字を確保する」ことをアピールしたのだ。
先が見えない中で、落ち着いてトヨタを生まれ変わらせる方向へ始動
豊田章男トヨタ社長としては、就任時にリーマンショックで赤字転落(09年3月期に4610億円の営業赤字)や米国でのリコール問題からその後の東日本大震災や超円高を乗り越えてきた。そんな豊田章男トヨタ社長は「今回のコロナ危機は、リーマンショックよりインパクトがはるかに大きい。リーマンショックよりも世界自動車販売の減少は大きくなるが、私自身が一番落ち着いている。先が見えない、答えがない状況で落ち着いているのは一緒にどうしようか考える仲間が増えてきたことだ。コロナ禍でも新しいトヨタに生まれ変わるスタートポイントに立った」ことを強調した。
「コロナ収束の見通しが見えない中で、トヨタは今期の世界販売が大幅に減少しても営業利益5000億円の黒字となる体質ができたことで、アフターコロナへ向けてグローバルなモノづくり企業として持続性、SDGsに本気で取組む」(豊田章男社長)とする。
モビリティ企業への変身とともに、TPS・原価改善を深化させる
トヨタは、09年6月に豊田章男社長が就任し、前述の通り「章男体制」がこの6月から12年目を迎えたが、社長就任直後はリーマンショックで赤字転落や米国での大量リコールで苦しみ、その後も東日本大震災や超円高など数度の危機を乗り越えてきた。ここへきて、100年に一度の自動車大変革期を迎えた豊田章男体制は、未来に向けたトヨタのフルモデルチェンジ(モビリティカンパニーへの変身)への改革を進めている。
TPS(トヨタ生産方式)や原価のつくり込みなど収益構造改善もさらに愚直に進めていくのは、トヨタの原点であり収益基盤の源だ。
数を追わないとするトヨタだが、コロナ下でも底力
新型コロナウイルスによる世界的な需要減にあって2020年の前半(1〜6月)の世界販売は、トヨタ(ダイハツ・日野を含む)は前年同期比21・6%減の416万4487台だった。
それでも独フォルクスワーゲン(VW)の389万台を抜いて、上期では6年振りの世界首位となった。「数を追わない」(豊田章男社長)とするトヨタだが、この新型コロナという未曾有の事態すらさらなる体質強化の機会と捉える。世界の各工場では、稼働休止で生まれた時間を使い製造工程を見直し、損益分岐点をもう一段下げる取り組みを進める。
今年上期の世界販売20%減も織り込み済みであり、むしろトヨタ以外の大手各社の減少幅が大きいのだ。その意味ではコロナ下でもトヨタの底力が見える。
国内事業でのトヨタの選択は、販売チャネル統合に直営から民営化へ
トヨタは、国内事業に於けるホームマーケットを守るスタンスが強く「国内年産300万台体制を堅持する」(豊田章男社長)の方針。国内販売体制も強固に維持していくため、トヨタ車販売チャネルの専売から併売に移行した。
これは、トヨタが戦後の国内販売網のセットアップから続いた複数チャネルの終焉に繋がるものだが、日本国内の少子高齢化がより進み全体需要の縮小を余儀なくされるトレンドへの対応となる。加えて、コロナ禍で促進されているオンライン販売の流れなどにも対応できるトヨタの国内地域戦略の見直しという大きな選択でもある。
既に19年4月から東京で「トヨタモビリティ東京」として4社が統合されて新たにスタートしている。ここにきて大阪や北海道などのトヨタ全額出資の直営販社5社を各地の地場販社に売却する動きも示した。
具体的には札幌トヨペットをトヨタカローラ札幌に、ネッツトヨタ苫小牧を札幌トヨタに、大阪トヨタをトヨタ新大阪に、トヨタカローラ宮城を宮城トヨタに、大分トヨペットを熊本トヨタにと、いずれもメーカー直営店から民営化(地場販社による経営)される。唯一の直営販社は、東京のトヨタモビリティ東京となる。新たな地域密着型のトヨタ販売体制への移行を進めることで強固な国内トヨタ販売力の〝継続〟に繋げていくことが狙いだ。
トヨタ社内改革は、副社長廃止から賃金の見直しまで一気に進む
トヨタの〝選択〟は、トヨタ自動車の社内に於ける社内カンパニー制や役員・組織の見直しから賃金制度転換などにも一気に進む。
社内カンパニー制への移行は、ホールディングカンパニーへの移行かとも見られたが、今回子会社のTRI-ADで先行することになった。
今年4月から副社長・専務を廃止して世間を驚かせた。7月にはさらに執行役員を23人から9人に大幅削減するなど、大胆な組織改革を断行している。一方で、人事評価制度を見直し、一律の昇級分をなくし評価に基づく機能級に一本化する成果主義拡大の給与・報酬制度を21年から導入する予定だ。
副社長など廃止は肩書きより役割重視とするが〝ポスト章男〟の布石か
トヨタという大企業クラスで、副社長・専務・常務が廃止されたことは極めて珍しいケースだが、豊田章男社長は「重要なのは肩書きでなく、役割だ」とする。面白いのは、章男社長より年上の副社長だった小林耕士氏は「番頭」、河合満氏は「おやじ」と名刺に入ったと言う。
いずれにしても、これは〝ポスト章男〟次の経営トップ育成もんだものとの見方も出ている。社長12年目となった豊田章男社長としては「次の世代に未来に向けてタスキを渡す」ための改革が進む中での〝選択〟へぶれずにアクセルを踏み続ける。
第5章 ものづくり現場の選択
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次回 12月23日(水)更新