第6章 流通の選択
モビリティ産業の広がりは無限。KINTOが選ぶ未来の選択
トヨタ車のサブスクリプションサービスを展開するキント(KINTO)とスタートアップ支援・レンタルオフィスを運営するファビット(fabbit)は8月28日、共催イベントを都内で開いた。経済、社会活動の変化を背景に、クルマのサブスクを展開する事業会社として誕生したキント。創業後、1年半を経過し、順調に取り扱い件数を拡大すると共に、新たな傾向として表れてきたのが若者やインターネット販売との相性の良さだ。
経済、社会活動変革のうねりは自動車産業も例外ではなく、販売・サービス分野にとっても新たな選択、付加価値事業の取り組みが求められており、サブスク事業がこうした新たな価値を提供するひとつになるというのが同イベントを通じて見えてきた。(佃モビリティ総研・松下次男)
社員をプロ集団化させ、ダイバーシティもさらに加速へ
同イベントでは2020年からキント副社長執行役員CSO(最高経営戦略責任者)を務める本條聡氏とローランド・ベルガーのシニアパートナー・グローバルイノベーションオフィサーの長島聡氏が登壇。
まず長島氏が「MaaSの可能性」について基調講演し、そのあと本條氏が「キントが描く未来のモビリティサービス」をテーマに講演した。後半は、那珂通雅氏がモデレーターになり、両氏と対談した。
本條氏は講演でキントが誕生した背景について、「所有から利用へ」へと様々な分野へと押し寄せている潮流が自動車業界でも起こっているとした上で、サブスク事業がこうした流れを先導するトレンドのひとつになっているとした。
実際に、キントを設立したトヨタ自動車も豊田章男社長が2018年のCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)で「トヨタを自動車を作る会社から〝モビリティカンパニー〟にモデルチェンジする」と宣言し、次世代に対応した事業体へと変革を目指す。
キントの設立は2019年1月11日。トヨタグループや住友商事等の住友グループが株主となり、それぞれの強みを生かして、事業スピードを加速させる。
社員は8社から出向者の他、専門職を独自採用し、プロ集団化させると共に、「ダイバーシティ」も進める。ちなみに本條氏は住友商事出身だ。キントの名称は、「必要な時にすぐ現れ、思いのままに移動できる『筋斗雲』のように」と故豊田英二氏がクルマ作りに思い描いた言葉から名付けた。
こうして動き出したキントに対し、本條氏はユーザー目線で「何を付加価値化するか。移動に何を与えるか。また未来へのチャレンジ」が戦略上の柱になると捉えた。
そのためにも、まずユーザーにキントを訴求することが重要となる。このためテレビCMに力を入れており、今年からシンプルに訴えるコマーシャルを流す。そのコマーシャルが今年6月の自動車関連のCMランキングで2位にランクインする好評ぶりを博した。
そしてキントの特徴は「始め易く、止め易い」という形で設計していることだと強調した。価格は「任意保険も含めて、コミコミで展開。そして全国統一価格」とした。
一般に、今までのサブスク商品は、一度契約するとなかなか止められないものが少なくなかった。これに対しキントは「6か月毎に、止め易いタイミングを設定」。さらに高齢の免許返納者や海外転勤者等は無料で解約できるようにした。
価格面でも「競争力がある」と述べた。割安感のあるトヨタ車の残価設定と比べても「保険の設定差の違い」程度との見方だ。
直近では月間1000件強の申し込みへと拡大している
といっても、どのようにユーザーに訴求していくかが課題となる。そこで、ひとつのターゲット層にしたのが若者層だ。「頭金を不要」にし、初めて車を購入する場合は高くなる若者の保険料を「一律の設定」で提供できるようにした。
そして、キントは「3年毎に乗り換えられる」プランを用意。これによりライフスタイルに合わせてクルマが乗り換えられる。例えば「子供の成長」などに合わせて小型車、ミニバンを選択する、さらに「子供が成人」して家を離れたら夫婦二人の小型車に戻せる。それゆえシニア層も期待している。「免許返納が近づくと買い替えに躊躇するが、我々はこうした人たちにこそ安全装備が充実したクルマに乗って貰いたい」と強調した。
キントは2019年7月から全国展開を開始。約1年経過した段階で、実績は5000件強(6月末まで)の申込件数だ。但し直近で見ると、月間1000件強の申し込みへと拡大、右肩上がりが続く。コロナ禍で販売店に行き辛くなっているのも背景にある。
申込者の特徴としては、20代が2割を占めていることだ。他分野では当たり前のように見えるかもしれないが、〝若者のクルマ離れ〟が叫ばれている自動車業界にすれば「新車をはじめて買う20歳代がこんなにいるんだ」とグループ会社からも期待感が示された。
2つ目のポイントは、WEB申込者の大半が「クルマを持っていない人」、あるいは「他銘柄車のクルマを所有する人」となっていること。トヨタ販社の立場では新しいユーザーだ。またWEBならではだといえるが、「夜間。それも20時以降の申し込みがかなりの比率を占める」のも特色もひとつ。
本條氏はこれに対し、今後「ユーザーの要望に合わせてサービス内容を変えていくことも重要」と指摘し、「そのスピードも早めたい」という。
昨年7月段階では、キントが取り扱うクルマはわずか5車種だった。このため、「希望のクルマがない」という声があり、機会損失も生じた。その後、順次拡大し、現在はトヨタブランド23車種、レクサスブランド8車種とほぼ全車種が揃う。
月額でクルマに乗れるという目的だけで会社を作った訳ではない
加えて、若者などから「キントは高い」という声もあった。これに対し、段階的に入り口の価格や最低価格を下げると共に、負担にならないように車両を増やす。
現在、パッソなら「月間約3万円から、ボーナス込みだと月間約1万円から」乗れる。さらに「ポイント付与」や「中古車による展開」も始めた。
また、今年5月からは3年契約に加えて、5年、7年契約も開始。同時に途中で乗り換え易くなるサービスも始めた。サブスクといえば、好きなものを好きな時に乗り換えられるイメージがある。しかし一般的なクルマのサブスクでは「月単位の乗り換えは料金的に難しい」、それよりも新車投入時に「乗り換えられる」キントのメリットが活きてくるという。
未来へのチャレンジでは、キントを単に「月額でクルマに乗れる」という目的だけで会社を作った訳ではないとし、「移動の喜びを創造し、カーライフが楽しめる。人生を豊かにする」事業を目指す。
これまでのところ「便利さや移動の楽しさの体験機会」は提供できているが、「楽しめるサービス」の不足を指摘する。
そこは自社だけでは取り組めないと、ベンチャーなど異業種との連携を進める。これにより「旅行、キャンプ、デジタルコンテンツ、スポーツなど」の付加価値が提供できる事業・サービスに乗り出す。
日本に留まらず、グローバルでもこうした事業展開を進めるとし、既に兄弟会社を通してライドシェアリングやマルチモーダルに取り組んでいると紹介した。
一方長島氏の基調講演は、CASEに代表される技術進展の動きからMaaSの可能性について言及した。
まずトヨタ自動車が東京オリンピックに向けて発表した「イーパレット(e-Pallet)」や独ZFの無人トラクターなどの自動運転、テスラの最新OTA(オーバー・ザー・エアー)などを紹介する反面で、モビリティサービス分野では主導権がユーザーと接点を持つプレイヤーへと移る可能性も示唆した。
こうした中で、ドイツのダイムラーは包括的にモビリティソリューションを展開するとともに、MaaS事業でBMWと組んで対抗する動きを見せていることを解説。加えて、モビリティ産業の広がりは無限であり、移動中の体験や道具としての価値がいずれ拡大するとした。
対談では、新型コロナウイルス感染症が及ぼすモビリティ社会の影響について、「個人所有が見直され、クルマ業界には追い風になっている面がある」一方で、世界全体で見れば「まだまだ通常の販売活動から程遠い。販売台数も落ち込んでいる」と負の方が大きいとの見解だ。
スタートアップへ期待することでは、「今後、お客様目線でカスタマーエクスペリエンスをより高める必要があるが、我々だけでは難しい。ベンチャーと組んで、新しい事に取り組みたい。是非、接触してきて欲しい」と本條氏はいう。新たな取り組みでの課題については、本條、長島の両氏とも「規制がネックになっているケースが少なくない」ことを掲げた。
第7章 観光事業の選択
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