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2020年12月2日【エコノミー】

リンジンガー社、燃料電池鉄道を世界に先駆け実用化

NEXT MOBILITY編集部

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 オーストリア大使館は欧州中央時間の12月1日、自らの大使館商務省のプロモーションサイト上でオーストリア企業が先陣を切って開発した水素駆動のレールミリングトレイン(鉄道車両)を紹介した。

 

この車両〝MG11 Hydrogen(MG11 H2)〟を開発したリンジンガー社 (LINSINGER Maschinenbau Gesellschaft mbH)は1939年にウイーンで創業。鉄道分野を強みとしている技術企業だ。地域に於ける事業範疇(はんちゅう)は欧州エリアだけに留まらず、ロシア並びにアジア輸出も積極的に行っており、その輸出割合は9割を超えている。

 

現在同社は、アッター湖やファイブ・フィンガーズ展望台など、風光明媚な山と湖で著名なオーバーエスターライヒ州のシュタイラーミュールに本社拠点を構えており、従業員数は2020年12月現在でおよそ500名。売上高は7000万ユーロ(約88億5500万円/2017年時)という当地に於ける中堅企業である。そんな同社は、昨月17日に水素燃料電池を搭載した鉄道車両を一般に向けて公開した。

 

 

 そもそも欧州は、スウェーデンの高校生グレタ・トゥーンベリさんが気候変動問題を掲げ、自国の国会前でストライキを始めて一躍著名になり、さらには欧州連合議会やダボス会議でスピーチを行ったことで話題を集めるなど、ことさら気候変動問題に熱心な地域だ。

 

従って移動に航空機を使うのは〝飛び恥〟とされ、1人当たりの二酸化炭素(CO2)排出量が航空機や自動車よりずっと少ないとされる鉄道が積極的に利用されている。そんな欧州では、来る2050年の温室効果ガス純排出量ゼロを目指しており、自動車部門ではEVの導入策が主要な産業政策となっている。併せて鉄道部門でもさらなるCO2削減が求められている。

 

その対策の目玉が、未だ電化が進まない地方路線のディーゼル列車を燃料電池列車に切り替えることだ。水素を化学反応させて電気を作る燃料電池は、その時に排出されるのが水だけであり、気候変動対策の決定打として俄然注目が集まっている。

 

 そんな当地でリンジンガー社が鉄道車両の燃料電池化の一番乗りを果たした。車両としての完成には2年の期間を要したが、同社では「自社80年の歴史上で大きな転換点になった」と語っている。

走行環境への負荷低減は大きく、鉄道路線近隣の住民にとっても大変なメリットとなった。また車両にはアキュムレータ(蓄圧器)を追加搭載することが可能としている。

 

このアキュムレータは動力を蓄える仕組みで、具体的にはバッテリが電気を蓄えるのと同じくアキュムレータはタンクに液体を蓄えることでタンク内圧力を高め、その液圧の力を動力に置き換えるという仕組みだ。これにより走り出しや上り勾配などで、より大きな駆動力を必要な時に効率的なサポートが行えるという仕組みとなっている。

 

 しかし燃料電池にも課題はある。それは水素作るための電力を必要とすることだ。今のところ電力を作るには、風力や水力、さらには太陽光や洋上から電気を造り出すのがCO2削減効果として最も〝理にかなっている〟のだが、自然由来の電力には技術的な課題がまだまだ多い。

 

一方で水素は化石燃料からでも製造はできる。この場合、製造工程でのCO2排出が問題になってしまう訳だが、欧州では目下のところ自然由来の電力供給を急ぎつつ、化石燃料からの水素調達の助けを借りて鉄道車両の燃料電池化に取り組んでいる。

 

 

 ちなみに日本では、トヨタ自動車が燃料電池車(FCV)を市販済み。そんな〝MIRAI〟も先の東京モーターショーで刷新され、いよいよ装いも新たな新型車の市場投入が迫っている。他方、鉄道車両では今年の10月6日にはトヨタが、水素をエネルギー源としたハイブリッド(燃料電池)車両の開発に取り組むと発表している。これは東日本旅客鉄道(JR東日本)と日立製作所が参画する。

 

対して欧州では、仏製の燃料電池列車の試験運行も数年前という早さで始まっていた。自動車はEV、鉄道は燃料電池という流れが欧州で定着した場合、現状の日本はこれに追従し、さらには抜き去れるのかが気になるところだ。日本の燃料電池鉄道計画には先の通り、英国の鉄道事業で活躍中の日立製作所が参加しているため、英国に於いて燃料電池鉄道を走らせることも可能ではあるが、この流れが加速されることを祈りたい。

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坂上 賢治

NEXT MOBILITY&MOTOR CARS編集長。日刊自動車新聞を振り出しに自動車産業全域での取材活動を開始。同社の出版局へ移籍して以降は、コンシューマー向け媒体(発行45万部)を筆頭に、日本国内初の自動車環境ビジネス媒体・アフターマーケット事業の専門誌など多様な読者を対象とした創刊誌を手掛けた。独立後は、ビジネス戦略学やマーケティング分野で教鞭を執りつつ、自動車専門誌や一般誌の他、Web媒体などを介したジャーナリスト活動が30年半ば。2015年より自動車情報媒体のMOTOR CARS編集長、2017年より自動車ビジネス誌×WebメディアのNEXT MOBILITY 編集長。

松下次男

1975年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として国会担当を皮切りに自動車販売・部品産業など幅広く取材。その後、長野支局長、編集局総合デスク、自動車ビジネス誌MOBI21編集長、出版局長を経て2010年論説委員。2011年から特別編集委員。自動車産業を取り巻く経済展望、環境政策、自動運転等の次世代自動車技術を取材。2016年独立し自動車産業政策を中心に取材・執筆活動中。

間宮 潔

1975年日刊自動車新聞社入社。部品産業をはじめ、自動車販売など幅広く取材。また自動車リサイクル法成立時の電炉業界から解体現場までをルポ。その後、同社の広告営業、新聞販売、印刷部門を担当、2006年に中部支社長、2009年執行役員編集局長に就き、2013年から特別編集委員として輸送分野を担当。2018年春から独立、NEXT MOBILITY誌の編集顧問。

片山 雅美

日刊自動車新聞社で取材活動のスタートを切る。同紙記者を皮切りに社長室支社統括部長を経て、全石連発行の機関紙ぜんせきの取材記者としても活躍。自動車流通から交通インフラ、エネルギー分野に至る幅広い領域で実績を残す。2017年以降は、佃モビリティ総研を拠点に蓄積した取材人脈を糧に執筆活動を展開中。

中島みなみ

(中島南事務所/東京都文京区)1963年・愛知県生まれ。新聞、週刊誌、総合月刊誌記者(月刊文藝春秋)を経て独立。規制改革や行政システムを視点とした社会問題を取材テーマとするジャーナリスト。

山田清志

経済誌「財界」で自動車、エネルギー、化学、紙パルプ産業の専任記者を皮切りに報道分野に進出。2000年からは産業界・官界・財界での豊富な人脈を基に経済ジャーナリストとして国内外の経済誌で執筆。近年はビジネス誌、オピニオン誌、経済団体誌、Web媒体等、多様な産業を股に掛けて活動中。

佃 義夫

1970年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として自動車全分野を網羅して担当。2000年出版局長として「Mobi21」誌を創刊。取締役、常務、専務主筆・編集局長、代表取締役社長を歴任。2014年に独立し、佃モビリティ総研を開設。自動車関連著書に「トヨタの野望、日産の決断」(ダイヤモンド社)など。執筆活動に加え講演活動も。

熊澤啓三

株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

福田 俊之

1952年東京生まれ。産業専門紙記者、経済誌編集長を経て、99年に独立。自動車業界を中心に取材、執筆活動中。著書に「最強トヨタの自己改革」(角川書店)、共著に「トヨタ式仕事の教科書」(プレジデント社)、「スズキパワー現場のものづくり」(講談社ピーシー)など。