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2022年4月21日【特集・解説】

ジェイテクト佐藤和弘社長に訊く、CASE時代を生き抜く道

NEXT MOBILITY編集部

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未来を見据え、ナンバーワン&オンリーワンのビジョン実現

 

 

――中長期視野で種蒔きを行い、事業の柱を5本へ持って行くというのが狙いなんですね。

 

 

 

 佐藤 新事業を含めた5本柱を育て上げる一方で、既存ビジネスの競争力も引き上げて行くというのが、私の考える中期的な戦略です。

 

 当社はこれまで、どちらかというと過去のデータや実績に基づき、実現可能な事業を積み上げていく〝フォアキャスト〟的な成長を重ねて来ました。 しかし今後は、目標となる未来を定めた上で現在を振り返り、未来起点で今何をすべきかを〝バックキャスト〟的に考えて成長して行ける組織に育てたい。

 

 実は予てよりジェイテクトグループのビジョンでは〝No1 & Only One〟というものがあるのですが、基本的な考え方は、これに尽きます。

 

 例えるならば〝既存ビジネスであるならナンバーワンになれ、競争力を上げろ〟。また今度は新しいステージに立ったなら〝オンリーワンの技術を伸ばして行け〟。これが我々が目指すべき理想の姿だと思います。

 

 

名実共にトヨタグループ有力プライヤーとしての立ち位置を目指す

 

 

――ジェイテクトは、事業領域が広いだけに、未来に向けてそれを活かして行く事が大事ですね。一方で、ジェイテクトはトヨタ傘下で、主要グループの中核に位置付けられています。

従って〝トヨタと共に〟と言う部分も当然あるかと思います。そうしたトヨタのグループ企業としての生き方については、どのように考えておられますか。

 

 

 

 佐藤 私はトヨタで育ち、豊田章男社長を筆頭にグループ全体で力を合わせるというマインドで育てられましたから、先に申し上げた通りでジェイテクトでは、若干、違和感がありました。 従って当社を名実共にトヨタグループの会社にして行く必要があると承知しています。

 

 ちなみに愛知県の刈谷地区は、ご存じの通り、トヨタのグループ企業が本社を構えている地域です。豊田工機も元々は刈谷に本社がありました。 しかしその後、色々な経緯があったのだと思いますが、なぜか当社の場合、直近まで名古屋駅前のミッドランドスクエアの15階に本社が置かれていました。

 

 本社といっても、いわゆる経営管理部門が名古屋駅前にあっただけで、私は「どうしてここにジェイテクトの本社があるのだろう」とずっと思っていました。

 

 その後、ジェイテクトの顧問になった時「我々はここにいるべきではない。刈谷に行こう」と思い、実際に社長になって4日後に役員達を集め、「ここから撤退して刈谷に行くぞ」と言いました。

 

 そうしたら、みんなきょとんとしているので、「君たちに2週間の時間を与えるから考えろ」と言って、明けた2週間後に「刈谷に移るのに反対の者はいるか」と言ったら誰もいなかったので、「では決定」という事で、私は6月25日に社長になりましたが、7月末の取締役会に本社移転を提案して認められ、年末にはもう刈谷に移動していました。

 

 

 

――そうだったのですか。

 

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坂上 賢治

NEXT MOBILITY&MOTOR CARS編集長。日刊自動車新聞を振り出しに自動車産業全域での取材活動を開始。同社の出版局へ移籍して以降は、コンシューマー向け媒体(発行45万部)を筆頭に、日本国内初の自動車環境ビジネス媒体・アフターマーケット事業の専門誌など多様な読者を対象とした創刊誌を手掛けた。独立後は、ビジネス戦略学やマーケティング分野で教鞭を執りつつ、自動車専門誌や一般誌の他、Web媒体などを介したジャーナリスト活動が30年半ば。2015年より自動車情報媒体のMOTOR CARS編集長、2017年より自動車ビジネス誌×WebメディアのNEXT MOBILITY 編集長。

松下次男

1975年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として国会担当を皮切りに自動車販売・部品産業など幅広く取材。その後、長野支局長、編集局総合デスク、自動車ビジネス誌MOBI21編集長、出版局長を経て2010年論説委員。2011年から特別編集委員。自動車産業を取り巻く経済展望、環境政策、自動運転等の次世代自動車技術を取材。2016年独立し自動車産業政策を中心に取材・執筆活動中。

間宮 潔

1975年日刊自動車新聞社入社。部品産業をはじめ、自動車販売など幅広く取材。また自動車リサイクル法成立時の電炉業界から解体現場までをルポ。その後、同社の広告営業、新聞販売、印刷部門を担当、2006年に中部支社長、2009年執行役員編集局長に就き、2013年から特別編集委員として輸送分野を担当。2018年春から独立、NEXT MOBILITY誌の編集顧問。

片山 雅美

日刊自動車新聞社で取材活動のスタートを切る。同紙記者を皮切りに社長室支社統括部長を経て、全石連発行の機関紙ぜんせきの取材記者としても活躍。自動車流通から交通インフラ、エネルギー分野に至る幅広い領域で実績を残す。2017年以降は、佃モビリティ総研を拠点に蓄積した取材人脈を糧に執筆活動を展開中。

中島みなみ

(中島南事務所/東京都文京区)1963年・愛知県生まれ。新聞、週刊誌、総合月刊誌記者(月刊文藝春秋)を経て独立。規制改革や行政システムを視点とした社会問題を取材テーマとするジャーナリスト。

山田清志

経済誌「財界」で自動車、エネルギー、化学、紙パルプ産業の専任記者を皮切りに報道分野に進出。2000年からは産業界・官界・財界での豊富な人脈を基に経済ジャーナリストとして国内外の経済誌で執筆。近年はビジネス誌、オピニオン誌、経済団体誌、Web媒体等、多様な産業を股に掛けて活動中。

佃 義夫

1970年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として自動車全分野を網羅して担当。2000年出版局長として「Mobi21」誌を創刊。取締役、常務、専務主筆・編集局長、代表取締役社長を歴任。2014年に独立し、佃モビリティ総研を開設。自動車関連著書に「トヨタの野望、日産の決断」(ダイヤモンド社)など。執筆活動に加え講演活動も。

熊澤啓三

株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

福田 俊之

1952年東京生まれ。産業専門紙記者、経済誌編集長を経て、99年に独立。自動車業界を中心に取材、執筆活動中。著書に「最強トヨタの自己改革」(角川書店)、共著に「トヨタ式仕事の教科書」(プレジデント社)、「スズキパワー現場のものづくり」(講談社ピーシー)など。