NEXT MOBILITY

MENU

2022年5月12日【事業資源】

スズキ、今季を以てMotoGP撤退へ

NEXT MOBILITY編集部

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 

 

スズキは5月12日、FIMロードレース世界選手権(MotoGP)の商業権を所有するスペインのドルナスポーツ(Dorna Sports)社と、今年末(2022年末)を以て、同チャンピオンシップから撤退することについて協議していることを明かした。

GPのパドックにスズキ撤退の風評が表立って流れたのは、およそ1週間前の5月3日のこと。これを重く受け止めたドルナスポーツは、MotoGP参戦に係る契約上の条件を前提に「一方的にスズキの単独の意志のみで撤退を決めることはできない」との声明を公表していた。

 

しかし第7戦フランスGP(ルマン・ブガッティ・サーキット)出走のため、前日のフリー走行に向けて準備に取り掛かったスズキ(チーム・スズキ・エクスター)は「スズキ株式会社はドルナスポーツと2022年末でMotoGP世界選手権参戦を終了することに関して協議しています。

 

残念なことですが、現在の経済情勢と近年の自動車業界が直面している大きな変化への対応を加速するために、スズキはレース関連のコストを大幅に削減し、資金と人的資源を新しい技術の開発に集中的に投入していきます。

 

これまでに我々のチーム・スズキ・エクスター、スズキの二輪レース活動を長年に渡って、温かい声援を送って頂いたファンの皆さまに心より感謝申し上げます」との声明を正式に公開した。

 

 

このスズキの意向は、同社のファクトリーチーム〝チーム・スズキ・エクスター〟契約ライダーのジョアン・ミル選手とアレックス・リンス選手へ第7戦のオフィシャルテスト終了後に伝えられ、ふたりは移籍先を探すため既に個人マネージャーを介して来シーズンに向けて動き始めている。

 

 

まずジョアン・ミルは「ヘレスから正式に市場に出た。全てのことが起こる前に、僕たちはスズキと交渉していた。確かに、僕のマネージャーは思っていた以上の仕事をすることになるだろう。僕の将来を修正しようと、ホンダを含めて複数のメーカーと話し合っているけど、簡単なことではない。

 

しかし決して急いでいる訳じゃない。自分がどこに行くのか、条件がどうなのか。その際、移籍先のチームの所属しているライダーが移籍するのか、残留するのかについても考慮しなければいけない。考えなければならないことは多い」と言う。

 

 

またアレックス・リンスは「現時点で来年のことは何も決まっていないけど、僕のマネージャーは前の週に比べ忙しく動いている。一方で僕は今季で自分がしなければならないことを続けるだけだ。

 

幸いチームはこのレースで勝つことができるバイクがあるから僕らに自信を与えてくれる。バイクは今までに走らせた中で最高のパッケージだから、このレースで間違った決定を下したことを証明しよう。

 

そもそも僕らの計画は(スズキに乗って戦いを)継続することだった。僕たちは交渉していた。しかしジョアンと僕はスズキから離れることになる。彼らが(チャンピオンシップから)離れるから、僕たちはどこかに移籍する必要がある。

 

それによって他のライダーたちに悪いことが起こらないことを願う。誰かを追い出すことは望ましくないけれど、状況は複雑だ。とにかく来年、どのバイクに乗りたいと言うべき立場にはない。これからはテーブルに電話を置いて待つだけだ」と話す。

 

 

そんなスズキが始めて世界に向けて漕ぎ出したのはマン島TTレースへの参戦を決めた1960年のこと。伊藤光夫選手、市野三千雄選手、松本聡男選手の3人を英国へ送り出したことで世界選手権への道筋を切り拓いた。

 

その後の1963年にヒュー・アンダーソン選手が50、125cc量クラスでスズキにタイトルをもたらし、総合順位でもトップ5までに4名のスズキライダーが名を連ね、以降50、125、250、500、MotoGPクラスのコンストラクターズ・タイトルを次々と獲得した。

 

直近ではスズキ創立100周年・レース活動60周年という節目の年となった2020年に、ミル選手がMotoGPのシーズンチャンピオンを獲得。同じ年にアレックス・リンス選手がランキング3位、更にチーム・スズキ・エクスターとしてもチームタイトルを獲得。

 

この年は、世界耐久選手権でもSuzuki Endurance Racing Team(SERT)が世界チャンピオンの座を獲得したことで、ふたつの世界選手権で王者となっている。

 

なお今季もアルゼンチンGPでリンス選手がシーズン初の表彰台を獲得。ランキング上位を維持したまま、タイトルへの挑戦を続けている。

 

スズキ、二輪レースの参戦レポート

CLOSE

坂上 賢治

NEXT MOBILITY&MOTOR CARS編集長。日刊自動車新聞を振り出しに自動車産業全域での取材活動を開始。同社の出版局へ移籍して以降は、コンシューマー向け媒体(発行45万部)を筆頭に、日本国内初の自動車環境ビジネス媒体・アフターマーケット事業の専門誌など多様な読者を対象とした創刊誌を手掛けた。独立後は、ビジネス戦略学やマーケティング分野で教鞭を執りつつ、自動車専門誌や一般誌の他、Web媒体などを介したジャーナリスト活動が30年半ば。2015年より自動車情報媒体のMOTOR CARS編集長、2017年より自動車ビジネス誌×WebメディアのNEXT MOBILITY 編集長。

松下次男

1975年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として国会担当を皮切りに自動車販売・部品産業など幅広く取材。その後、長野支局長、編集局総合デスク、自動車ビジネス誌MOBI21編集長、出版局長を経て2010年論説委員。2011年から特別編集委員。自動車産業を取り巻く経済展望、環境政策、自動運転等の次世代自動車技術を取材。2016年独立し自動車産業政策を中心に取材・執筆活動中。

間宮 潔

1975年日刊自動車新聞社入社。部品産業をはじめ、自動車販売など幅広く取材。また自動車リサイクル法成立時の電炉業界から解体現場までをルポ。その後、同社の広告営業、新聞販売、印刷部門を担当、2006年に中部支社長、2009年執行役員編集局長に就き、2013年から特別編集委員として輸送分野を担当。2018年春から独立、NEXT MOBILITY誌の編集顧問。

片山 雅美

日刊自動車新聞社で取材活動のスタートを切る。同紙記者を皮切りに社長室支社統括部長を経て、全石連発行の機関紙ぜんせきの取材記者としても活躍。自動車流通から交通インフラ、エネルギー分野に至る幅広い領域で実績を残す。2017年以降は、佃モビリティ総研を拠点に蓄積した取材人脈を糧に執筆活動を展開中。

中島みなみ

(中島南事務所/東京都文京区)1963年・愛知県生まれ。新聞、週刊誌、総合月刊誌記者(月刊文藝春秋)を経て独立。規制改革や行政システムを視点とした社会問題を取材テーマとするジャーナリスト。

山田清志

経済誌「財界」で自動車、エネルギー、化学、紙パルプ産業の専任記者を皮切りに報道分野に進出。2000年からは産業界・官界・財界での豊富な人脈を基に経済ジャーナリストとして国内外の経済誌で執筆。近年はビジネス誌、オピニオン誌、経済団体誌、Web媒体等、多様な産業を股に掛けて活動中。

佃 義夫

1970年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として自動車全分野を網羅して担当。2000年出版局長として「Mobi21」誌を創刊。取締役、常務、専務主筆・編集局長、代表取締役社長を歴任。2014年に独立し、佃モビリティ総研を開設。自動車関連著書に「トヨタの野望、日産の決断」(ダイヤモンド社)など。執筆活動に加え講演活動も。

熊澤啓三

株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

福田 俊之

1952年東京生まれ。産業専門紙記者、経済誌編集長を経て、99年に独立。自動車業界を中心に取材、執筆活動中。著書に「最強トヨタの自己改革」(角川書店)、共著に「トヨタ式仕事の教科書」(プレジデント社)、「スズキパワー現場のものづくり」(講談社ピーシー)など。