NEXT MOBILITY

MENU

2021年5月4日【イベント】

TGR、2021年SUPER GT第2戦の結果を発表

NEXT MOBILITY編集部

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 

新型GR 86 / スバルBRZ

 

 

TOYOTA GAZOO Racing(以下「TGR」)は5月3日(月)、4日(火)の両日、静岡県の富士スピードウェイで開催されたSUPER GT第2戦「たかのこのホテル FUJI GT 500km RACE」の結果を発表した。

 

2020年は開幕が遅れ、レース距離も短縮されたこともあり、恒例だったゴールデンウィーク中の富士大会、そして500kmレースの開催は2年ぶりとなる。

なお、今大会よりコース上でのアクシデントに対する安全対策として、これまでのセーフティカーに加え、FCYが初めて導入されている。FCY導入時には、コースを走行する全車両の速度が80km/hに制限される。

 

 

■SUPER GT 2021年 第2戦 富士 決勝結果:GT500

 

■SUPER GT 2021年 第2戦 富士 決勝結果:GT300

 

 

■GT500 予選/決勝
– 予選
3日(月)午後2時半よりノックアウト方式の予選が行われた。この日は朝から好天に恵まれたが、午後になってやや雲がかかり、気温16度、路面温度24度のコンディションであった。Q1は、まずZENT CERUMO GR Supra38号車を駆る石浦宏明が1分27秒台に入れると、各車が僅差でこのタイムを塗り替えていく展開に。チェッカーが振られた直後にフィニッシュラインを通過した山下の14号車が、最大40kgのサクセスウェイトをはねのけてのトップタイムをマーク。そして開幕戦で山下との激戦を繰り広げた坪井翔のau TOM’S GR Supra36号車がこちらも30kgのサクセスウェイトにも関わらず3番手で続いた。4番手に平川の37号車、タイムを更新した石浦は5番手。国本雄資のWedsSport ADVAN GR Supra19号車が6番手、中山雄一のDENSO KOBELCO SARD GR Supra39号車が7番手に入り、上位8台によるQ2へと、GRスープラは6台全車が進出を決めた。

 

Q2では、まず38号車の立川祐路がQ1でのトップタイムを上回る好タイムをマークしトップに。しかし、午前中の公式練習走行でトップタイムをマークし好調な19号車を駆る宮田莉朋が、コースレコードタイムにコンマ1秒まで迫る1分26秒台に入れてトップを奪う。

 

立川はさらにタイムを更新したが、19号車には届かず。ライバルが最後に宮田のタイムに1000分の3秒差まで詰め寄るが、19号車のトップは変わらず、19号車が2016年の第6戦ブリーラム(タイ)大会以来5年ぶりとなるポールポジションを獲得した。宮田にとってはGT500クラスで初めてのポールポジション獲得となった。

 

38号車が3番手、関口雄飛がアタックした36号車が4番手、今大会もシリーズエントリーのサッシャ・フェネストラズが入国制限により欠場のため、代役で阪口晴南がドライブした37号車が5番手、14号車の大嶋は6番手、39号車のヘイキ・コバライネンが8番手につけ、決勝レースに臨むこととなった。

 

 

見事ポールポジションを獲得したWedsSport ADVAN GR Supra 19号車(国本 雄資/宮田 莉朋)

予選3位のタイムをマークしたZENT CERUMO GR Supra 38号車(立川 祐路/石浦 宏明)

ポールポジション獲得を喜ぶ国本 雄資、坂東 正敬監督、宮田 莉朋

 

 

– 決勝
4日(火)は雲一つ無い好天に恵まれ、気温21度、路面温度35度で、やや暑さも感じるコンディション。午後2時半、2周のフォーメーションラップに続き、500km、110周という長丁場で競われる決勝レースのスタートが切られた。

 

ポールスタートの19号車宮田はスタートでやや遅れ、3ワイドでTGRコーナー(1コーナー)へと進入。石浦の38号車が一旦2位へと浮上したが、2コーナーで坪井の36号車がこれをかわし、2位へ。1周目を終えた時点で36号車坪井が2位、38号車石浦が3位、37号車平川が4位、14号車山下が5位、19号車宮田が6位。コバライネンの39号車は10位へと順位を落とした。

 

3周目にエンジンブロー車両があり、セーフティカーが導入。7周目に再スタートが切られると、このチャンスに2位の36号車坪井が抜群の再スタートでトップと並び、2コーナーで首位を奪う。

 

その後方では、3位の38号車石浦に、4位の14号車山下が迫り、16周目のダンロップコーナーに2台が並走して進入、このバトルを制した14号車山下が3位にポジションを上げた。

 

38号車石浦はその後ペースが落ち、21周目には37号車の平川が先行。そして、31周目には最終コーナーを立ち上がったところで、38号車の左リアタイヤが脱落。38号車は3輪のままピットへと向かうも、ダメージが大きくそのままリタイア。コース上に脱落したタイヤを排除するため、SUPER GTとして初めてのFCYが導入された。

 

30周台後半になり各車1度目のドライバー交代と給油、タイヤ交換のためにピットイン。FCY直前のタイミングでピットインし順位を上げた車両に続き、関口へと代わった36号車が2位、大嶋の14号車が3位、阪口の37号車が6位、国本の19号車が9位、中山雄一の39号車が10位で中盤戦に入った。

 

48周目にこの日2度目のFCYが導入され、再スタート時には首位と2位の36号車は15秒ほどの差があったが、36号車の関口は、60周を過ぎたあたりから猛追を開始し、首位との差を詰めていく。

 

76周目を終えたところで36号車はピットイン。ここで若干タイムをロスし、3位へと後退。しかし、交代した坪井も追い上げを見せ、2位の車両に食らいつくと、88周目のストレートでパスし、2位へと浮上した。

 

1秒差で首位を追っていた坪井の36号車であったが、97周目に3度目のFCYが出され、99周目にFCYが解除された直後にスローダウン。残り12周でコース脇に車両を停めることに。

 

その直後、首位を走行していた車両が、黄旗追い越しのペナルティを科され後退。これで中盤までのトップ2台がいなくなり、14号車が2位、37号車が4位で、前車との僅差のバトルとなった。

 

14号車の山下は再三にわたって首位の車両を攻めるが、追い抜くまでには到らず。このトップ2台のバトルの間に、後半ハイペースで追い上げた37号車の平川が3位との差を一気に詰め、残り3周となったストレートで前の車両をパス。3位表彰台圏内へと順位を上げた。

 

500kmもの長丁場のバトルにもかかわらず、トップ4台が2秒以内という団子状態でファイナルラップへ突入。14号車の山下、37号車の平川は最後まで激戦を繰り広げたが、逆転には至らず、14号車が2位、37号車が3位でチェッカー。2台のGRスープラが表彰台を獲得。この結果、14号車はランキング首位の座をキープした。

 

苦戦しながらも粘りの走りを見せた39号車が6位、19号車が7位フィニッシュとなった。

 

 

予選6位から追い上げ、2位を獲得したENEOS X PRIME GR Supra 14号車(大嶋 和也/山下 健太)

前戦の岡山に続き、3位表彰台を獲得したKeePer TOM’S GR Supra 37号車(平川 亮/阪口 晴南)

DENSO KOBELCO SARD GR Supra 39号車(ヘイキ・コバライネン/中山 雄一)

 

 

■GT300 予選/決勝
– 予選
3日(月)午後2時半よりノックアウト方式の予選が行われた。この日は朝から好天に恵まれたが、午後になってやや雲がかかり、気温16度、路面温度24度のコンディション。2クラスに分けて実施されたQ1では、A組は埼玉トヨペットGB GR Supra GT 52号車の吉田広樹が4番手、TOYOTA GR SPORT PRIUS PHV apr GT 31号車の中山裕貴が5番手に入り、Q2へと進出。TOYOTA GR SPORT PRIUS PHV apr GT 30号車の織戸学は、Q2進出ラインの8番手と僅か0.054秒差の9番手、たかのこの湯 GR Supra GT 244号車の三宅淳詞も、コンマ2秒ほど及ばず僅差のQ1で敗退となった。

 

B組では60号車の河野がトップタイム。K-tunes RC F GT3 96号車の新田守男が7番手でQ2へ進出。前戦に続き今大会もシリーズエントリーのナタポン・ホートンカムの代役としてarto RC F GT3 35号車をドライブするジュリアーノ・アレジは後半タイム更新できず11番手でQ2進出を逃した。

 

Q2では吉本がアタックした60号車が3番手、川合孝汰の52号車が4番手につけ、GRスープラが2列目グリッドに並ぶことに。嵯峨宏紀の31号車は10番手、GT500クラスに代役参戦している阪口晴南に代わり96号車をドライブする平良響は13番手となった。

 

 

予選4位のタイムを出した埼玉トヨペットGB GR Supra GT 52号車(吉田 広樹/川合 孝汰)

予選アタックに向け準備を進めるTOYOTA GR SPORT PRIUS PHV apr GT

 

 

– 決勝
4日(火)は雲一つ無い好天に恵まれ、気温21度、路面温度35度で、やや暑さも感じるコンディション。午後2時半、2周のフォーメーションラップに続き、500km、110周という長丁場で競われる決勝レースのスタートが切られた。

 

3番手スタートの60号車が2位へと上がり、首位争いを展開。4番手スタートの52号車は序盤トップ5圏内につけると、最初のピットインでタイヤ無交換作戦を採り、トップへと浮上。10番手スタートの31号車は8位まで順位を上げたが、トラブルに見舞われピットイン。長い修復を余儀なくされた。

 

川合が中盤を担当した52号車はライバルよりも早めにピットへ向かい、逆にピットを引っ張った60号車は吉本が着実にポジションアップ。全車が2度目のピットを終えた時点で、吉田の52号車は首位をキープ、河野へと代わった60号車は3位に上がると、前を行くライバルとの激しい2位争いを展開。82周目についにこれをパスし、GRスープラの1-2体制となった。

 

しかし、残り8周となったところでトップを走行していた52号車は突然のスローダウン。駆動系のトラブルでまさかの戦線離脱。これで首位に立った60号車は、後続2台との三つ巴の首位争いとなったが、河野が見事逃げ切り、トップチェッカー。今季より乗り換えたGRスープラでの初勝利、そして河野にとっても自身スーパーGTでの初表彰台かつ初優勝を成し遂げた。

 

 

決勝レースを1位でフィニッシュしたSYNTIUM LMcorsa GR Supra GT 60号車(吉本 大樹/河野 駿佑)

たかのこの湯 GR Supra GT(三宅 淳詞/堤 優威)

勝利をを喜ぶSYNTIUM LMcorsa GR Supra GTの飯田 章監督、河野 駿佑、吉本 大樹

 

CLOSE

坂上 賢治

NEXT MOBILITY&MOTOR CARS編集長。日刊自動車新聞を振り出しに自動車産業全域での取材活動を開始。同社の出版局へ移籍して以降は、コンシューマー向け媒体(発行45万部)を筆頭に、日本国内初の自動車環境ビジネス媒体・アフターマーケット事業の専門誌など多様な読者を対象とした創刊誌を手掛けた。独立後は、ビジネス戦略学やマーケティング分野で教鞭を執りつつ、自動車専門誌や一般誌の他、Web媒体などを介したジャーナリスト活動が30年半ば。2015年より自動車情報媒体のMOTOR CARS編集長、2017年より自動車ビジネス誌×WebメディアのNEXT MOBILITY 編集長。

松下次男

1975年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として国会担当を皮切りに自動車販売・部品産業など幅広く取材。その後、長野支局長、編集局総合デスク、自動車ビジネス誌MOBI21編集長、出版局長を経て2010年論説委員。2011年から特別編集委員。自動車産業を取り巻く経済展望、環境政策、自動運転等の次世代自動車技術を取材。2016年独立し自動車産業政策を中心に取材・執筆活動中。

間宮 潔

1975年日刊自動車新聞社入社。部品産業をはじめ、自動車販売など幅広く取材。また自動車リサイクル法成立時の電炉業界から解体現場までをルポ。その後、同社の広告営業、新聞販売、印刷部門を担当、2006年に中部支社長、2009年執行役員編集局長に就き、2013年から特別編集委員として輸送分野を担当。2018年春から独立、NEXT MOBILITY誌の編集顧問。

片山 雅美

日刊自動車新聞社で取材活動のスタートを切る。同紙記者を皮切りに社長室支社統括部長を経て、全石連発行の機関紙ぜんせきの取材記者としても活躍。自動車流通から交通インフラ、エネルギー分野に至る幅広い領域で実績を残す。2017年以降は、佃モビリティ総研を拠点に蓄積した取材人脈を糧に執筆活動を展開中。

中島みなみ

(中島南事務所/東京都文京区)1963年・愛知県生まれ。新聞、週刊誌、総合月刊誌記者(月刊文藝春秋)を経て独立。規制改革や行政システムを視点とした社会問題を取材テーマとするジャーナリスト。

山田清志

経済誌「財界」で自動車、エネルギー、化学、紙パルプ産業の専任記者を皮切りに報道分野に進出。2000年からは産業界・官界・財界での豊富な人脈を基に経済ジャーナリストとして国内外の経済誌で執筆。近年はビジネス誌、オピニオン誌、経済団体誌、Web媒体等、多様な産業を股に掛けて活動中。

佃 義夫

1970年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として自動車全分野を網羅して担当。2000年出版局長として「Mobi21」誌を創刊。取締役、常務、専務主筆・編集局長、代表取締役社長を歴任。2014年に独立し、佃モビリティ総研を開設。自動車関連著書に「トヨタの野望、日産の決断」(ダイヤモンド社)など。執筆活動に加え講演活動も。

熊澤啓三

株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

福田 俊之

1952年東京生まれ。産業専門紙記者、経済誌編集長を経て、99年に独立。自動車業界を中心に取材、執筆活動中。著書に「最強トヨタの自己改革」(角川書店)、共著に「トヨタ式仕事の教科書」(プレジデント社)、「スズキパワー現場のものづくり」(講談社ピーシー)など。