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2015年7月16日【オピニオン】

アウディE-GASプラントは、ドイツ国内の電気グリッド安定化に貢献

坂上 賢治

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電力の安定供給に対し、同社のエネルギー精製システムに期待が集まる

 

アウディは、2013年にAudi e-gas精製工場の本格稼動を目指して、同プロジェクトを開始。そして今日、再生可能エネルギーを自ら精製す る世界初の自動車メーカーとなった。

現在(2015年当時)、ニーダーザクセン州のヴェルルテ市を筆頭する同社のAudi e-gas精製工場では、グリーン電力、水、二酸化炭素を使用して、水素と化学合成メタンガス“Audi e-gas”を精製している。( 坂上 賢治 / MOTOR CARS の2015-07-16掲載記事を転載 )

 

 

今般、ドイツ国内に於いて再生可能エネルギーの発電量シェアが急速に拡大(33%)するなか、ドイツ国内の電力安定供給をテーマに、同社のエネルギー精製システムに一層の期待が集まっているという。

 

ドイツ国内の地理的偏在が、再生可能エネルギー利用安定の足かせに

 

と云うのは、ドイツ国内に於いて風力発電設備は、地理的に風力の影響を利用し易い北部に、一方で、太陽光発電は日照条件が比較的良い南部に集中する地理的偏在があるからだ。

つまり例年、晩春から夏の最盛期の5~8月は南部で太陽光発電の稼働率が高まり、月間平均でも3,500GWhレベルの発電量が確保出来る一方、降雪が始まる冬場の11~2月頃は一気に1,000GWh以下まで下落する。

 


ドイツ国内における風力タービンの分布図

 

また、風力発電も年間の気候要素に大きく影響される。しかも同国内では、過去の冷戦時の歴史も影響もあってか南部地域が巨大な産業集積地となっており、冬場の風力電力を北部から、こうした南部地域へ送るための高圧送電線設備は物理的に不足している。

 

ドイツ国内で注目され始めている電力の長期貯蔵技術

 

これを受けて現在ダイムラーは、電力蓄電を普及するべく関連設備の事業化(概要は別記事1参照 ・並びに別記事2参照 )を進めているが、こうした蓄電ユニットの導入が無い場合、来る2020年までに必要とされる新高圧送電線の距離は、3,600㎞・年間9.5億€になると云う試算も出ている程だ(ドイツエネルギー機関・DENA報告)。

 

 

仮に高圧送電の整備がこのまま微増に終わる場合、来る2050年に北部の風力で生まれる発電量の内、年間40TWh(ドイツの年間発電量の6%)が余剰となり捨てられることになる。

このため電力をガスや液化燃料等の貯蔵し易いかたちに変換し長期貯蔵できる技術が注目されているのである。

 

Audi e-gasの精製工程は、水素生成が最初のステップとなる

 

ちなみにAudi e-gasの精製工程は、電気分解とメタン精製の2ステップを踏む。まず、グリーン電力を水と化学反応させることにより酸素と水素に分離。ここで得られた水素は水素自動車に使用出来る。

 

 

しかしドイツ国内に於いて、水素自動車の普及は未発達のため、次のプロセスでCO2と化合され、Audi e-gas(化学合成メタンガス)に再精製(概要は別記事3参照 ・並びに別記事4参照 )していく。

 

こうして生産されたAudi e-gasは、化石燃料である天然ガスと成分が同一のため、ドイツ国内の既存の天然ガス供給ネットワークを経由してCNGガスステーションに搬送されるという流れだ。

 

 

ちなみにAudi e-gas精製工場では、年間およそ1,000tのe-gas精製に対し、22万4,000本のブナの木が1年間かけて吸収する量に相当する約2,800tのCO2を使用する。

なお生産工程で生み出される副産物は水と酸素だけだ。Audi e-gasの精製過程で発生する廃熱は、隣接するバイオガス工場で再利用され、全体でのエネルギー消費を抑えていく。

 

Audi e-gasは、1,500台のAudi A3 Sportback g-tronに15,000kmのCO2ニュートラル走行を可能にする

 

現時点でヴェルルテの工場が1年間に生み出すAudi e-gasは、1,500台のAudi A3 Sportback g-tronに15,000kmのCO2ニュートラル走行を可能にさせる能力がある。同車は、天然ガス、バイオメタンガス、Audi e-gas (化学合成メタンガス)、ガソリンを燃料にすることが可能で、これらを組み合わせた最大航続可能距離は1,300kmに達する。

 

 

Audi A3 Sportback g-tron購入者は、Audi e-gasカードによるAudi e-gas購入で、エネルギー精製コストの一部を負担することを通じて新しいエネルギーネットワークに参加することになる。

ちなみに同モデルのAudi e-gasを利用した走行時の平均燃費は、28.57km/kg(3.5kg/100km)以下となり、CO2排出量はNEDC基準計測値で95g/km以下となる。

走行時に排出されるCO2のすべてが、事前のe-gas精製時に使用されていることから、Audi e-gasでの走行時はCO2ニュートラルとなる計算だ。

 

仮にe-gas精製工場で使用されるエネルギーに、風力発電で得られる電力が使われることを考慮していくと Audi A3 Sportback g-tronによる総合的なCO2排出量は20g/km以下にとどまる。同数値はTÜV Nordによって正式に認定されているものだ。

 

今の所、Audi e-gasプロジェクトは、これまでの自動車産業の常識を超えるレベルに達している。アウディAGでは「グリーン電力を効率よくメタンガスに転換し、それをドイツ最大の公共エネルギー備蓄システムである天然ガスネットワークに供給することで、従来は非常に難しいと考えられていた大量の電力備蓄が可能であることを示し始めている」と結んでいる。

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坂上 賢治

NEXT MOBILITY&MOTOR CARS編集長。日刊自動車新聞を振り出しに自動車産業全域での取材活動を開始。同社の出版局へ移籍して以降は、コンシューマー向け媒体(発行45万部)を筆頭に、日本国内初の自動車環境ビジネス媒体・アフターマーケット事業の専門誌など多様な読者を対象とした創刊誌を手掛けた。独立後は、ビジネス戦略学やマーケティング分野で教鞭を執りつつ、自動車専門誌や一般誌の他、Web媒体などを介したジャーナリスト活動が30年半ば。2015年より自動車情報媒体のMOTOR CARS編集長、2017年より自動車ビジネス誌×WebメディアのNEXT MOBILITY 編集長。

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1975年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として国会担当を皮切りに自動車販売・部品産業など幅広く取材。その後、長野支局長、編集局総合デスク、自動車ビジネス誌MOBI21編集長、出版局長を経て2010年論説委員。2011年から特別編集委員。自動車産業を取り巻く経済展望、環境政策、自動運転等の次世代自動車技術を取材。2016年独立し自動車産業政策を中心に取材・執筆活動中。

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1970年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として自動車全分野を網羅して担当。2000年出版局長として「Mobi21」誌を創刊。取締役、常務、専務主筆・編集局長、代表取締役社長を歴任。2014年に独立し、佃モビリティ総研を開設。自動車関連著書に「トヨタの野望、日産の決断」(ダイヤモンド社)など。執筆活動に加え講演活動も。

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株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

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1952年東京生まれ。産業専門紙記者、経済誌編集長を経て、99年に独立。自動車業界を中心に取材、執筆活動中。著書に「最強トヨタの自己改革」(角川書店)、共著に「トヨタ式仕事の教科書」(プレジデント社)、「スズキパワー現場のものづくり」(講談社ピーシー)など。